ひゅんっという風を撒くよな躍動と共に駆け寄ってきたのなら当然聞こえるだろう、
ばさばさという服の擦れる音や路面を蹴る足音など一切ないままに、
大して擦り減ってない革靴のかかとが風を切ってすぐ眼前まで飛んできて。
唐突に出現したかのような その気配を嗅ぎ取ったと同時に 視野へ大きく躍り込んできた奇襲に対し、
掴み取れなくもなかったが、今は避けた方がいいと瞬時に判断。
立てた腕の手首を固め、ぱしりと横ざまに薙ぎ払いつつ数歩ほど飛び退って距離をとる。
短いままの前髪は視界を邪魔せず、その先にやはりやや後ずさった対手の姿をすっきりと捉えており。
愛用のポーラーハットも飛ばさぬ余裕で、
眇めた目許もそのままに にたりと不敵そうに笑うところが いかにも強靱無双。
そして、そんな彼との真っ向勝負の最中だというに、
“……こんな時でもカッコいいなんて狡い。”
少女が好みそうな陶貌人形のように端正白皙な風貌は、今は挑発的なそれなれど、
こんな修羅場でないならば、器量の豊かさや人望の源となっている情の厚さを含んでの暖かく。
上質な玻璃を思わす青い双眸の冴えに見据えられると、
本来ならば底知れぬ畏怖に当てられ背条が冷ややかに凍るはずが
きゅうと絞めつけられた胸が騒がしいばかり。
そうと感じてしまった自分を不甲斐なく思っておれば、
「さすがだな。今のを躱すか。」
ちょっぴり低められた声でのお褒めの言葉が届いたものだから、
表情豊かな口許、ぎゅむと歪めると同時に
ううう〜〜っと頬が赤くなってしまった敦だったりする。
「……。」
場末の操車場跡地には、他には人の気配もなく、
どこかに巣でもあるものか、ぴるるぴくちゅくと いやに澄んだ鳥のさえずる声音が届く。
若葉が出始めている木々の梢が、吹き抜ける風に揺すられてさわさわと木の葉擦れの音を立て、
情景だけなら何とも長閑な、若しくは人など要らぬとする廃墟の様な ただただ空虚な場所なれど。
「どうしたよ、来ねぇのか?」
向かい合ってのじりとも動かず、間合いを見ているにしては張り詰めた気配しか届かぬ敦を前に、
そちらは泰然と待っていた黒服の兄人がそんな声をかけてきた。
温情かそれとも余裕からか、まだ異能は発揮してないだろう中也で、
だがだが、それでも十分、
その身を無重力かと感じさせるほど軽快巧みに操ることが出来る人だと知っている。
先程の瞬時の立ち合いにしてもそう。
強靱でしなやかなその肢体を駆使し、
掴み取ったこちらの腕を脚力だけで引き落としての地べたへ叩きつけられたかもしれないし、
逆に、それを足がかりにし、軽い跳躍一つで肩へ逆の足を引っかけられての巻き付かれ、
肩車態勢になったそのまま首ごと羽交い絞めにされる恐れだってあった。
敦とて、一般普通の少年たちに比すれば とんでもない級の修羅場に立って来た経験も多々あるが、
瞬間瞬間で勘のようなものが閃いては咄嗟に切り替えて対処してきた自分では、
せいぜい数手先までしか読めはしない。
土壇場状態から一旦は躱せても次々と攻手を繰り出されてはやがて失速してしまい、
先回りされたままあっさり捕まるのがオチで、
国木田との組手の修練で多少は体術を身につけつつあるとはいえ、
どう躱そうと、どう力技を飛ばそうと、
何手も先まで余裕で幾通りもの巧手を繰り出せる練達相手では
“口惜しいけれど、実力差が大きすぎる。”
こんな言い方も何ではあるが、
マフィア勢の中では今のところ一番対峙の機会が多い
黒獣の異能の青年が相手なら、まだ何とか数回に一度ほどの割合で振り切れもする。
“だって容赦ない割に一気呵成なんだもの。”
決してあの芥川を舐めてるわけじゃあないけれど。
何せ時折は共闘で相棒を組む間柄、
攻撃の癖のようなもの、間合いのようなものは結構把握出来てもいて。
髪から衣紋から真っ黒の墨色、
幽鬼のように負に満ち満ち、それでいて剃刀のように鋭利でもあり。
狙いを絞られれば逃れようのない冷酷さで容赦なく迫って来る鬼神のような存在なれど。
それを言うなら相手だって敦の攻勢を把握しているつもりらしいが、
キャリアの格差がそのまま 不意打ちに繋がることも多々あって。
常套から大きに外れた とんでもない行動を取る大胆素人な敦であるところに
引っ掻き回されることも数多あっての、戦歴は今のところ微妙にイーブンという状態。
要はどこか同レベル、よく言って成長途上同士なので、
思わぬことをされると一瞬の刹那ほど動きが固まるそこを 擦り抜ける格好で振り切って来れた。
“……後で 結構な意趣返しをされたりするけれど。”
(ex, 食べ切れないほどの蒸かし饅頭を寮まで届けられたりとか。) 笑
胸のうちにてよそ見をしちゃったのは、決して余裕からじゃあなかったけれど、
「そっちから来ねぇなら、遠慮はしねぇ。」
「え?え?」
どれほど放置されてのことか 隙間から雑草が顔を覗かせてのはみ出している石畳を蹴りつけて、
文字通りの一足飛びに その間合いを詰めてきた中也であり。
通り過ぎざまに腕を渡してその肘あたりに相手の首を引っ掛け薙ぎ倒す格闘技、
所謂 ラリアットというそれ、判りやすくも大胆にも仕掛けて来たのへ、
「わぁっ!」
躱すか受け止めるか一瞬迷ったのが命取り、
微妙にのけ反っただけになったところを見事な…ハグ攻撃が仕留めており。
「おら、捕まえたぞ。」
「わ、わ、ちゅ中也さんっ。/////////」
薙ぎ倒すのじゃあなく、くるりと巻き付いた腕に引き寄せられていて。
たたらを踏んだまま硬い石畳へ突き倒されなかったのは良かったものの、
後ろを取られての羽交い絞め状態にされたので
これはどう考えてもどう見ても、明白に勝負ありというところ。
「は、放してくださいってば。」
「やだね。」
後背から聞こえたのはくつくつと楽し気に笑っている声なのではあるけれど、
敦としてはしまったという焦燥から、ついついじたばたもがいてしまう。
別に、同じ対象を巡っての対峙関係にあったわけではないし、
何かしら喧嘩していての仲たがいだったわけでもない。
ただただ、
「ウチも大概だが手前ンところは一応昼仕事の会社だろうに、
どんだけ休みが取れねぇんだよ。」
実はこの10日ほど、次々に依頼が舞い込み、
しかも軍警がらみの案件がほとんどで、つまりは異能関係の対応を請われたものだから。
早急に片づけないと何も知らない無辜の市民へ被害が及ぶかも…と押し切られ、
発火現象を制御できない女子高生から、野生の鳥を自在に操れてしまうおばさま、
果ては迷路を無制御に作ってしまう引きこもり男子まで、
次から次へと対処に掛かって来た探偵社だったりし。
それでなくとも少数精鋭、
しかも一対一で相対しては抑えが利かないだろう案件ばかりなのへ振り回されて。
前線担当の敦なぞ、年弱でしかも大人しそうに見えるところを
害意がないように解釈されようと交渉担当を押し付けられるわ、
相手が暴発したらしたで、タフネスなところから取り押さえも任されるわ。
「あのな、そういうややこしい奴らなら尚更に、あの青鯖へ押し付けちまえば良いんだよっ。」
女子高生に暇そうな中年マダムだと?
しっかり奴の得意範囲じゃあねぇか、何を押し付けられてんだと。
何故だか依頼の内容までご存知だった、くどいようだがポートマフィアの五大幹部様。
「こういう時こそ、あの無駄に回る頭を使わせりゃあいい。
直接相手を押さえ込む腕力や素早く飛びかかれる俊敏さがなくたって
悪知恵使って何とか出来んだよ、あいつはな。」
「えっと、えっとぉ〜〜。//////////」
というわけでということか、
がっつりホールドかけた可愛らしい虎の子くんを
地獄の10連勤からひょいとお持ち帰りしてしまった幹部殿だったそうで。
ひょいッと肩の上へ俵担ぎにされてしまい、
さすがにじたばた暴れるのは諦めたらしい敦だったが、
「あのあのあのぉ。///////」
「なんだ。」
言っとくが探偵社にゃあ返しゃしねぇからなと、
本気も本気、鋭い眼差しのややおっかない笑顔で覗き込まれて。
へたり根性が顔を出したか、ひくりと怯んだのも一瞬のこと、
「おおお、お誕生日おめでとうございますっ。//////////」
「あ? …ああ、そうだったな、ありがとよ。」
不意打ちのお返しをされ、
今度は幹部殿の方が意表を突かれてしまったのも、もはやお約束。(笑)
そしてそして、連絡を絶った子虎くんに代わって、
『おやまあ、
そんなに見込まれたんじゃあ、本領発揮するしかないねぇ。』
どこまでをどう見越していたのやら、
にこりと微笑むお顔は花のように優美ながら、
ポートマフィアの上層部へも “これ借りだからね?”とさらり言ってのけられる
それはそれはおっかない包帯軍師殿が、
その後に続いた4,5件の依頼をさっさか片づけてしまわれたそうだが。
あれは恩に着せやすいように、まずは敦を攫わせたのだと、
名探偵様がくすくす笑ってすっぱ抜いてた、
見ようによっちゃあ平和なヨコハマだったのでございますvv
HAPPY BIRTHDAY! TO Tyuuya Nakahara!
〜 Fine 〜 20.04.28.
*どの辺がお誕生日のお話かが怪しい出来ですいません。
ちょっと活劇物に飢えてたもんで。(言い訳にもなってないけど…)

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